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晴れの日に・・・

ETジュニア さん(寒河江・西村山の長距離の陸上クラブ)

のチャリテー駅伝大会にいってきました。
画像 004
 
参加費をすべて募金するという事で、たくさんの方々が集まっていました。私も、趣旨に賛同し、なにか

できないか考えました。いきなり走る方で参加はちょっと無謀なので、板坂商店(スーパー板坂)の社長と

トン汁の材料(約250人分)提供させていただきました。
画像 003

無料提供ということですが、気持ちを募金でお願いするという事でした。

天気は良かったのですが、風が強くちょっと肌寒かったので、少しは役にたったのかな?

という事で、なぜか大役をおおせつかり下記の写真となりました。

画像 002
スポ小の野球の試合の途中に抜け出したので、場違いなユニホーム姿ですが・・・。

当日は避難されてきたご家族も参加され、また小学生から、強豪高校の陸上部や御父兄チーム等等、

バラエティに富んだ参加チームで、非常にアットホームな大会でした。

いろいろな地域で、『今、私が出来ること』が実施されています。

ETジュニアのスタッフの方、本当にごくろうさまでした。又協力できる機会をいただき、

本当ににありがとうございました。

元気を寒河江・西村山から発信していきましょう。
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恥ずかしくないよう生きていこう!

世界中の人々が この日本を見守っています。

以前、載せようと思っていた感動の記事 第2弾です。(毎日新聞から)

<東日本大震災>カンボジア・地雷原の村から義援金とお守り

 カンボジアの地雷原の村から義援金が届いた--。内戦による多くの地雷が残るカンボジアで、綿の栽培や加工によって細々と暮らす人たちから、東日本大震災の被災地への義援金とお守りが届いた。彼らの綿製品作りを支援する日本のNPO法人は「額は少ないかもしれないが、貧しい彼らにとっては大変なお金。苦しい中、日本のことを思ってくれる気持ちに感激した。彼らの思いを被災地に届けたい」と話す。

 義援金を寄せたのは、カンボジアの北西に位置する地雷原の村やプノンペン近郊で、綿を有機栽培し、ストールなどに加工している人たち。多くは、地雷被害で足などを失い、経済的に困窮していた。日本のNPO法人「地雷原を綿畑に!」が09年ごろから彼らを支援、綿製品作りを通じ、徐々に収入が得られるようになっていた。

 義援金は、綿製品作りにかかわる約30人の工賃や染め賃1カ月分など計8万円。カンボジアの貧しい地域の1家族の年収約7万円を超える額だ。プノンペン近郊に住む女性たちは、近くの寺院に通って被災地の人々への祈りをささげているという。地雷原の村に住む人からは「今回の地震と津波で、日本の多くの方が亡くなり、被災されたことに、地雷被害者メンバーはショックと悲しみに包まれています。どうか私たちに、皆様の苦しみを分かち合わせてください」とのメッセージも届いた。

 NPO法人の石井麻木代表は「日本からの支援を受けていた人たちが、逆に支援を申し出てくれた。彼らが深く考えた末の思いやりと考え、義援金を受け取ることにした。彼らのことを誇りに思う」と話す。【永山悦子】


コメントすら出てきません。この想いに恥ずかしくないよう生きていきましょう!

悲しんでいる時じゃない

今日の記事に名取市で被害にあった

沼田裕也さん(18歳)の事が書いてありました。ご覧になった方もおられるでしょうが、

紹介させて下さい。


毎日新聞から

「4月から大学に行く予定だった。でも無理なら仕事を探さないと……」

 宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の自宅周辺が水没し、市文化会館で避難生活を送る沼田裕也さん(18)は、地震の数日後に祖母(83)と兄(22)の遺体を確認した。両親の安否は不明だ。だが覚悟はしている。「せめて早く見つけてあげたい」と思う。

 「みんな自分以外のことを優先する」。そんな家族だった。地震が来た時、父は自転車で近所に避難を呼びかけ、母は斜め向かいの家の様子を見に行き、兄は軍手とロープを手に近所の人を助けに行った。沼田さんは祖母の体を支えて揺れが収まるのを待った。

 公民館に避難したが、すぐに水が来た。無我夢中でタイヤや建材にしがみついた。車の屋根に乗っていた人が「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。次の瞬間、その人はいなくなっていた。自分が自宅そばの閖上小学校の近くにいると気づいたのは翌日のことだ。

 気を張っていようと、避難所では進んで救援物資の運搬やごみの分別を手伝う。それでも、ふと家族のことが頭に浮かぶ。

 大学の合格が決まった時、赤飯を炊いてくれた母。「ここに座れ」と言っては、将来についての考えを聞いてきた父。高校の卒業式で両親に手紙を渡すことになり、普段あまり話さなかった父あてに「大学でも頑張るので、体に気をつけて仕事を頑張って下さい」と書いた。だが、式の当日、自宅に手紙を忘れた。「改めて大学の入学式で渡そうと思っていた。その手紙も津波で流されてしまった。結局、父に言えずじまいで……」

 18日。自宅のあった場所に行ってみた。玄関や風呂のタイルしか残っていなかった。沼田さんは自分に言い聞かせる。「悲しむのはいつでもできる。今はその時じゃない」。一刻も早く両親を捜したい。


頑張れ、という言葉さえも、おこがましく、ただただ頭が下がる想いです。何とか、大学に行かせてあげた

い・・・。日本に、東北に、こんな若者がいることを誇りに思う。ありがとう!沼田裕也さん。
プロフィール

山形ツーリスト

Author:山形ツーリスト
山形県寒河江市の旅行会社山形ツーリストの代表です。この町が大好きで地元の楽しい情報や旅先のいろんな情報を発信していきます。
㈱山形ツーリスト
山形県寒河江市元町3丁目3-3 302号 
TEL 0237-85-0639
fax 0237-85-0640

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